《短編》猫とチョコ
バレンタイン
朝起きて、忘れないようにかばんに入れる銀色のラッピング。


みぃの好きそうなシンプルなビニールに、赤のリボンで口を留めた。


みぃの好みを知りすぎてるなんて、悲しい話。


体中に染みついてしまったように、

チョコの甘い香りが纏わりついているのがわかる。


こんなんじゃ、“頑張って作りました”って言ってるようなもんじゃない。



本当はもぉ、家を出る時間なのに。


だけど今日は、ギリギリまで粘った。


早く学校に行って、みぃがチョコを貰いながら囲まれてる姿なんか見たくなかったし、

何よりずっと泣いてその上遅くまで起きていた所為で、

いつもに増して最悪な自分の顔。


出来るだけの時間を使い、目を冷やして念入りにお化粧をした。


振られるための、準備だなんて。



学生さんもOLさんも、すれ違う人みんな、紙袋を提げている。


中身なんて、聞かなくたってすぐにわかる。


改めて今日は、バレンタイン当日なんだな、って。


義理だと言って渡せたなら、どんなに楽だろう。


だけど、それじゃ意味がないから。


本当は、怖くて逃げ帰ってしまいたかった。



早足で教室に向かう間にだけでも、

学校中の浮き足立った空気をヒシヒシと感じた。


女の子達の作ったような顔と、今日限定なのか大人しい物言い。


言葉の語尾にはきっと、ハートマークまでついているだろう。


まるで、愛の大安売り。


それを感じ取っているに違いない男の子達もまた、

無造作ヘアーがいつもとは違う感じで作り込まれていて。


“待ってますよ”と言わんばかりに、叩き売りのような愛を買う気マンマン。


なるべくそんな空気とは一線を引きながらあたしは、

呼吸を整えて教室のドアを開けた。


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