モンパルナスで一服を
「画家に口はない」

いつの日か、男が親に呟いた一言である。

伝えるべきことを絵に表現する、画家としての腕が試される瞬間だ。

隣の部屋に住む芸術家もまた、この瞬間と出会っている。

面白くも、実に地味で虚しい作業と言えるだろう。

なぜなら、作り手の想いが伝わらなければ意味も成さないからだ。

だからこそ、男はその瞬間に幾度と敗北し、これまで描いてきた数々の絵を部屋に立て掛けている。

それが、また男を襲う。



そして、男は虚ろな目を崩さず笑みを浮かべた。

上と下とで、顔の半分ずつは言いたいこともまるで違う。

悲しいのか、楽しんでいるのか。

これほど難しい表情を浮かべられるだろうか。

この男には容易だ。なにせ、いつものことだから。



やっとのこと、男は筆を走らせる。

ゆっくりと動かす筆は震えを知らない。

たとえ売れずとも、画家としての経験が男の緊張を解しているのだろう。



この絵を描き始めてから今日でちょうど1ヶ月が経つ頃。

めいめい思うとおり、胸に秘める想いを描く。

やはり瞬きは少ない。
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