ゴハンの上にマネヨーズ
 その日の仕事も相変わらず退屈だった。

 退屈だったが仕事量は多く、打ち込んだ原稿の間違いを二つ三つサトヤに指摘されると僕は全くやる気をなくしてしまい、残業をする羽目になってしまった。

 要領の悪い僕にとって残業は珍しいことではなかったが、特にその日は仕事を処理するスピードが遅かった。

 それにしても人気のないオフィスほど仕事がしにくい所はない。

人が居るときは騒がしくて仕事に集中できないのだが、誰にも見られていないと思うと、仕事などする気がしない。

 僕は原稿の打ち込み作業を放棄して、ポテトチップスをつまみながら、ぼんやりとミヤシタは、本当に仕事を辞めたのだろうか、と考えていた。

 オフィスには、社歴が10年以上になる先輩社員のウエヤマさんの姿もあった。

 ウエヤマさんは同じ総務部の先輩だが、広報担当で主にマスコミ対応とかIRの仕事をしていた。

 人を威圧するような雰囲気の持ち主で、僕は苦手な部類の人だったが、言うことがいちいちもっともで、実はこっそり尊敬していた。

 普段、ウエヤマさんはパソコンでソリティアとかいうカードゲームをして、時間を浪費するダメ社員風の勤務態度だが、それは仕事が出来ないということではなく、余分な仕事はしないという姿勢の現れだった。

 にもかかわらず、ウエヤマさんも午後5時以降の常連だった。

ただそれは、締め切り時間が会社の終業時間より遅いマスコミからの問い合わせに対応するため、という見上げた姿勢の賜物で、プライベートのケータイの番号は仕事相手に教えない、という主義からくるものだった。

 僕とウエヤマさんは、人気のないオフィスでよく顔を合わせるうちに次第に話をするようになったのだが、そういう合理的な考え方も好きだった。

しかし、僕がナリヤマさんをこっそり尊敬するようになった何よりの理由は、社長の名前を間違い、残業して顛末書を書いていたときに、

「社長の名前なんかより、もっと覚えなアカンことが人生にはたくさんあるやろ。気にすんな」

と声を掛けてくれたからだった。
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