ゴハンの上にマネヨーズ
 中東では自爆テロと報復攻撃の連鎖が続き、新聞の一面で一議員の政党離党が大きく報じられ、トーキョーで観測史上最速で桜が開花した暖かい3月、僕は会社で社内報を担当する部署に配属されていた。

 それがまた、とてつもなくつまらない仕事で、原稿を役員や外部に依頼し、締め切りに間に合わせてパソコンで打ち込んでいくだけの単調な作業で、頭が〝腱鞘炎〟になるのではないかと思うほど退屈な仕事だった。

 しかし、それよりも僕を落ち込ませたのは、社長の名前を二度も打ち間違えただけでなく、まだ死んでない会長の名前に『故』とつけたこともあって、いずれもそのまま社内報が出回ったことだった。

 直属の上司で社報係長のサトヤに怒られ、総務部長や社長室長にも呼び出されて、たっぷり嫌味を言われるくらいならたいしたことはなかったが、社内報だけに僕のミスは会社全体に知れ渡ることとなり、

「俺は殺さないでくれよ」

などとからかわれることはしょっちゅうだったものだから、僕にとって出社すること自体、苦痛以外の何物でもなかった。

 僕の会社は、抹茶色のタイルが張られた壁面と直線的なアルミサッシの窓枠が階層ごとに積み重なった、良く言えばミッドセンチュリー風の意匠で統一されたオフィスビル、

悪く言えば古ぼけた、なんちゃってモダンビルの3階と4階に間借りをしていた。

ただでさえ細長いビルなのに、1階の通りに面する部分は店舗として貸し出していて、ビルの正面玄関は通用口のように狭かった。

 入居する散髪屋と居酒屋のせいで細長くなった1階のエントランスには小さな受付があったが、ビルの顔であるはずの受付の上には、何故か消火器が置かれていた。

 朝の気怠さ吹き飛ばすような美人の受付嬢は座っているはずもなく、代わりにビルのガードマンのおっさんが座っていた。

 何故か僕はこのおっさんに気に入られていて、毎朝、満面の笑みで

「おはようございます」

と言われるのに、いちいち笑顔を作って対応しなくてはいけなかった。
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