【短編】瞳
必死に走って追いかけたのに。
瞳に写ったのは、桜田と……映画の男だった。
「妃芽ちゃん、別れて俺にしない?
俺なら……泣かせないよ?」
そう言って桜田を抱きしめようとした時。
「妃芽っ!」
無意識に叫んだ名前。
何か……映画の男に桜田を名前で呼ばれたのが、悔しくて。
「え? 矢野君?」
驚く桜田に、もう1度……かけたみた。
ここで、断られたらだせぇし、かっこ悪いよな。
でも、それでもかけたい。
振られるなら、これ位しなきゃ諦めらんねー。
「妃芽、こっち来いよ」
え? と俺を見た後に、映画の男を見つめる。
逃げない……。
桜田を見つめるんだ。
瞳を逸らしちゃ駄目だ。
映画の男に深く礼をして、俺のそばに走って来る桜田のすげぇ笑顔で……胸が痛くなった。
俺を選んでくれるの?
あいつじゃなくていいの?
そんな言葉。
何も言えず、ただただ桜田を抱きしめていた。