とある堕天使のモノガタリⅡ
~MIDRASH~
Dr.ベッカー
白く明るい廊下を歩いて自分のオフィスへ行く途中、開け放たれた窓から流れ込んで来た爽やかな風に男は目を細めた。
この男…ベッカーにとって唯一息抜きが出来る瞬間だった。
『Dr.ベッカー。
そろそろ午後の診療時間ですよ。』
後ろから聞こえた看護婦の言葉に、ベッカーは窓の外を見ながら『分かっているよ』と答えた。
そして小さく溜め息を一つ吐いてから再び廊下を歩き出した。
医師になって25年、心理分析医として開業したのは今から5年前だ。
世間からの評判が上がるにつれて、ベッカーは医師として多忙な日々を過ごしていた。
オフィスに入って来たベッカーを見るや否や、専属の看護婦がカルテを手渡して来る。
黙ってそれを受け取るとパラパラとページを捲った。
『午後はグリーンさんですか…』
『はい…先週は落ち着いていましたけど、今日はどうでしょうね…』
本当に心配しているのかわからないような口調でそう言う看護婦にベッカーは『そうだね』と穏やかな口調で答えた。
彼はとある事件の被害者で、精神的にかなりのダメージを受けたようだった。
グリーンを最初に診療した時の事を思い出す。
当時のグリーンは心神喪失気味で、妄想に捕らわれていた様子だった。
『黒い空が割れて、蹄の音と共に使者が来る…』
彼はそう繰り返し呟いていた。