おたく王子
男は近所のファミレスに向かって歩いていた。
携帯を開いて時間を確認する。
やべ・・・。
完全遅刻だわ。
約束した時間はとうに過ぎている。
しかし、男が足を早める気配はない。
そして結局、男は約束の時間より30分遅れに到着した。
「遅いじゃない!」
席に着くなり向かいに座った女が声を上げた。
男は肩を竦めて飄々として言う。
「まあまあ。そんなカッカしないで。せっかくの美人が台無しだよん、佐奈ちゃん」
悪びれる様子もなく話す男に苛立ち、原田佐奈は男に冷たい目を向けた。
「ちょっとは謝ったらどうなのよ、ミドリ」
緑と呼ばれた男は佐奈の要求に素直に応じた。
「はーい。すんませーん」
「・・・」
佐奈は頭を抱えた。
コイツとまともに会話しようとするとおかしくなりそう。
さっさと本題に移ろ・・・。
「緑、頼みたいことがあるんだけど」
言いながら佐奈は鞄から本を取り出して緑に差し出した。
緑は本を受けとると表紙もまともに見ないでページを開いた。
開いたページの間に、封筒が挟んである。
緑は封筒の中に指を入れて中身を確認すると、こくんと満足げに頷いた。
「ん。いーよ。なんでもしてあげる」
そう言った緑の口角は上がっていたが、目はどこか虚ろで笑っていなかった・・・―――。