おたく王子
「朝日ちゃん、今渡しちゃっても良かったんじゃない?ちょうど周りにあんまり人いなかったし・・・」
並んで教室に向かいながら眞子が言った。
「う、うん・・・」
確かに眞子の言う通りだった。
ギャラリーがいないさっきのタイミングはクッキーを渡す絶好の機会だったのに。
・・・でも。
朝日は想像した。
クッキーを渡した時の是人の反応を。
――『え?クッキー?これ、斎藤さんがつくったんですか? 一体どうしたんですか?熱でもあるんじゃないですか?これはもう確実に明日は槍の雨が降りますね』―――
ガーン・・・。
あ・あり得る・・・。是人なら絶対そう言うよ・・・。
朝日は今さらクッキーを渡したくなくなってきた。
馬鹿にされるのが目に見えているのに渡すなんて気が進まない。
やっぱりやめとこうかな。
そもそもクッキーあげるなんて私のキャラじゃないし・・・。
朝日はクッキーの入った鞄を持つ手に力を込めた。
「ね、朝日ちゃん、いつ渡すの?」
「えっ」
教室に着くやいなや眞子が口を開いた。
眞子は目をキラキラさせて朝日の返答を待っている。
「ええとぉ・・・」
朝日は言葉に詰まった。 やっぱり渡すのやめる、と言いたいところだが、昨日あんなに手伝ってもらった手前、眞子に向かってそんなことを言う勇気はなかった。
「き、今日中に渡すよ・・・」
朝日は考え抜いた末にそう答えた。
これで変に急かされる心配はない。
眞子は朝日の言葉に笑顔で相槌を打つと、朝日の手を取って言った。
「朝日ちゃんの頑張って渡してね!応援してるからね!」
「う、うん・・・」
朝日は歯切れ悪そうに答えるのだった・・・。