桜雨
プロローグ








晴れ渡る青い空。


それを背にして咲き誇る、淡い桃色の花びら。


全てが眩しいくらいに美しかった。


それこそ、目を細めるほどに。


そして、はかなかった。






永遠なんてものは存在しない。







それでも。









彼女は、大きく息を吸って、顔を上げた。


なぜ、この場所に一人で来ることが出来たのか、


そんな体力なんて、もう残っていないのに。





分かってはいても、どうしてもこの場所に来ておきたかった。


桜色が舞うこの季節に、この場所で巡り会えた幸せに、


ありがとう、とその言葉を伝えておきたかった。






そして。








「また会えた暁には、・・・必ず」


彼女は、そっと瞼を閉じる。


柔らかい唇は、ふわりと笑みを浮かべ、


長いまつげには、雫がたたえられていた。


そして、彼女は、ただ、声を出さないまま、口だけを動かした。






「     」



ふと、片方の目から、一滴の涙がこぼれた。


これで、最初で最後の涙であると、そう言い聞かせるように、


彼女は涙をぬぐい、誰かに向かってほほ笑むかのように、


優しい笑顔を浮かべていた。






桜の花びらが、春風に乗って舞い踊り始める。


優雅でいて、それでいてどこか悲しくも優しい温かさを、


その風を求める人に与えんがために。


桜色に染まる風が、彼女と、1本の大きな桜の木が向かい合う、その場を包んでいた。




< 1 / 51 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop