桜雨
東京に、彼女も行けば良いのかもしれない。


しかし、それは、彼女の体が許さない。


彼女は、今は健康になったとはいえ、


月に1度、かかりつけの病院に行かなければならない。


「無理をすれば、以前のように入院生活ですよ」


医者からはずっと、繰り返しそうやって注意されてきた。


ベッドに貼りついていなくて良い生活。


それが如何に自由で、いかに素晴らしいか、


この経験が無ければ分かりようがない。







だからこそ、このままであって欲しい。


これからも、ずっと変わらず、傍に居て欲しい。


そんな単純な願いは、永遠が存在しないこの世界を、まさに体現しているようだった。













「・・・せめて、想い出だけ、もらって良いよね」


言い訳するかのように、そう彼女は独り言を零すと、


桜の木の根元を、鞄の中に忍び込ませていたシャベルで掘り出した.












もう、きっと忘れているにちがいない。


あの日の、幼い日の約束なんて――――。
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