桜雨
「年、と申し上げますと、皇紀のことをおっしゃられておりますか?」
「こうき?」
「元号であれば、大正7年3月18日でございます」
「た・・・大正・・・」
思わず口がぽかん、と開きっぱなしになりそうになった。
あわてて口を紡ぎ、ごまかすために咳払いをした。
そうか、と彼女は思い出す。
どこかで聞いたことがある。
西暦は、太平洋戦争後に使われるようになった、と。
いや、そもそもそこに感心している暇ではない。
今、彼女は、「大正時代」にいるのだ。
確かに彼女は、2011年3月17日にいたはずなのに。
西暦にすれば、今は、1917年3月17日ということだ。
約100年前の世界である。
「大正・・・」
歴史だけの世界だと思っていた時代が、今、ここに流れていた。
彼女はハナから顔をそらし、窓の外へと視線を遣った。
窓から、桜の木が見える。
春の風に揺られて、桜色の花びらが、宙をひらひらと舞い飛んでいた。
「・・・良いですね」
思わず、彼女はため息とともに、そんな言葉を漏らしていた。
「たとえ刹那の美しさでも、こんな自由に飛べることが出来るのであれば」
「お嬢様!」
ハナが険しい顔をしながら、幸枝の横たわるベッドに近づいてきた。
「何をおっしゃっているのですか。だから、今日も外出されて・・・。
本日は私共がお嬢様を早々に発見できたから良かったものの、
もし遅れでもしたら・・・」
言っている意味は十分理解できた。
想像以上に、この体は相当脆い。
強い風など吹いたら、一塊も無いのではないか、そう思うぐらいに。