桜雨


いつもの彼女であれば、他人に反論するということはない。


大人しくて、物を言えるとしても、それは家族か幼馴染ぐらいだった。


「・・・せめて、・・・外の世界を知らないで死なせないでほしいの」


自然と、そんな言葉が口から出てきた。


自分自身が言った言葉だったのに、誰かが言わせたかのような感覚もある。


まるで、自分の中にもう一人別の誰かがいるようだった。


それでも、何故かそのもう一人の気持ちに、彼女は深く共感していた。


「幸枝お嬢様!?またそういうことを・・・」


ハナの怒りに油を注いだようで、更に剣幕を募らせていく。


「お嬢様はお元気になられますから!お医者様もそう言っております」


その言葉が気休めであることぐらい分からないのだろうかと、


そう言いかけたが、「幸枝」はその言葉を飲み込んだ。


その時。


ノックもされずに、突然ドアが勢いよく音を立てて開かれた。


「お姉さま!?また倒れたんですかっ!」


威勢の良い声。


自分に似てはいるものの、肌は幸枝ほど白くはなく、


いつも明るい表情を浮かべている彼女は、幸枝の妹である。


・・・確か、彼女の名前は。


初対面で、分かるはずが無いのに、再び、自然に名前が分かった。


「幸花。大丈夫ですよ、心配しないで」


「大丈夫よって。倒れてるって事は大丈夫ではないのでしょう?」


「少しめまいがしただけ。何も心配しないで良いのですよ」


「お姉さま。あまり無理してはダメです。・・・だって」


何かを言いかけようとした幸花の顔が急に曇りだす。


「お姉さま、・・・藤條家にもうすぐ嫁がれるのでしょう?」


その言葉が、幸枝の胸に突き刺さった。
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