桜雨


「・・・つまらないなぁ」


体は疲れているし、そもそも丈夫じゃないから、基本は寝ているべきなのだろう。


しかし、こんな機会はめったにないこともあって、


「幸枝」は部屋の中をぐるぐると歩きまわっていた。


「・・・綺麗だなぁ」


窓の外を眺めると、そこには見事、と言うべき桜の木が見えた。


先ほど、自分が倒れていた場所だろう。


春の風が優しく吹く度に、花びらが、青い空を舞う。


これは、100年前も、今も、ずっと変わらないのか。


彼女はそう感心しながら、窓際に寄りかかりながら外を眺めていた。


「・・・ん?」


良く見ると、先ほどの桜の木の下に、誰かが立っているのが分かった。


彼女は目を凝らし、その人物を見つめる。


年齢はいくつぐらいだろうか。


遠いし、帽子をかぶっていて、顔は良く分からない。


ただ、ネクタイらしきものを首に巻いているのが見えるから、恐らく男性だろう。


その人は、腕を組みながら、桜の木の幹に寄りかかっているようだった。


立っているから、寝てはいないだろう。


どうやら上を向いてはいるようだが、


その人の目がどこを捉えているのかは分からなかった。


「誰だろう」


山内家の家族の誰かだろうか。


そう自分の中に問いかけたが、答えは返ってこなかった。














この時は、「幸枝」も知るよしがない。


その人が、


彼女をこの世界に誘う「理由」である、ということを。


< 29 / 51 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop