桜雨
「・・・つまらないなぁ」
体は疲れているし、そもそも丈夫じゃないから、基本は寝ているべきなのだろう。
しかし、こんな機会はめったにないこともあって、
「幸枝」は部屋の中をぐるぐると歩きまわっていた。
「・・・綺麗だなぁ」
窓の外を眺めると、そこには見事、と言うべき桜の木が見えた。
先ほど、自分が倒れていた場所だろう。
春の風が優しく吹く度に、花びらが、青い空を舞う。
これは、100年前も、今も、ずっと変わらないのか。
彼女はそう感心しながら、窓際に寄りかかりながら外を眺めていた。
「・・・ん?」
良く見ると、先ほどの桜の木の下に、誰かが立っているのが分かった。
彼女は目を凝らし、その人物を見つめる。
年齢はいくつぐらいだろうか。
遠いし、帽子をかぶっていて、顔は良く分からない。
ただ、ネクタイらしきものを首に巻いているのが見えるから、恐らく男性だろう。
その人は、腕を組みながら、桜の木の幹に寄りかかっているようだった。
立っているから、寝てはいないだろう。
どうやら上を向いてはいるようだが、
その人の目がどこを捉えているのかは分からなかった。
「誰だろう」
山内家の家族の誰かだろうか。
そう自分の中に問いかけたが、答えは返ってこなかった。
この時は、「幸枝」も知るよしがない。
その人が、
彼女をこの世界に誘う「理由」である、ということを。