桜雨
ある春の日
桜の木の下で
決して悪い事をしているわけではない。
それなのに、なぜか彼女は、見なれているはずの門の前で、緊張をしていた。
自然と固く結ばれた手は、汗でぬれていた。
見なれているはずの門。
見なれているはずの校庭。
見なれているはずの校舎。
つい、本当に数日前まで、
大好きな友達と一緒に、この場所ではしゃぎ、勉強をしてきた。
そして、今は、これまでとは違って、制服を着ないで、
学校に居るというそのこと自体が、
彼女にとって初めての経験だった。
空を見上げれば、西の方はすでに茜色に染まり始めている。
彼女は感慨深げに立ち尽くしていた校門前から動き始める。
スカートから延びる細い足は、
迷うことなく、校門を横切り、
そして、その端にひっそりとそびえ、それでいて美しく花を咲かせる、
桜の木の下でとまった。
ひらり、ひらり、
淡い桃色の花びらは、彼女の存在を優しく迎えるかのように、
彼女の頭の上を舞い散っている。
茜色の空を彩るそれらは、彼女の胸を焦がしていった。
胸の奥にくすぶり続ける火を、消すためにここに来たというのに。
いつまでも、こんな気持ちを抱いているわけにはいかない。
そう思う彼女の瞳は、涙で揺れていた。