桜雨
幸枝が部屋の外を眺めている時に、
一方のハナは、山内家の長い長い廊下を一人歩いていた。
目的地は、女中たちの為の部屋。
そこで、女中は休憩したり、雑用をこなす。
女中になってまだ日の浅いハナは、
本来であれば山内の人間の専属の女中になれるはずのない立場のはずだった。
山内家の召使は、なぜか執事より女中たちの方が力がある。
女中のタマを筆頭に、山内家は取り仕切られている。
そんな中、ハナが山内家の二女、幸枝の女中になれたのは、
彼女が看護婦でもあるからだった。
看護婦学校の学生だった頃、母のつてで山内家の女中を募集しているのを聞き、
看護婦よりも給料の高い山内家の女中として働くことを決めたのだった。
看護婦学校を卒業してすぐ山内家に入り、幸枝につかえるようになって2年。
「・・・はぁ」
看護婦の彼女からも明らかな通り、幸枝の容態は悪化の一途を辿っていた。
現代の医学では対処しきれない、以前診察した医師はそうハナに教えていた。
「ハナ」
ため息をついた途端に、背後から誰かに呼び止められた。
「はい!」
反射神経で大声でそのまま答えると、
「廊下ですよ。静かに答えなさい」
との返事が戻ってきた。
「タマさん、申し訳ございません」
「お気をつけなさい」
タマは、山内家の召使を取り仕切る立場にある人で、
実質、山内家の当主の次に偉い人として位置づけられている。
「・・・ところで」
そう言葉を切り出すタマの顔は、あまり晴れやかとは言い難かった。
「幸枝お嬢様の具合はいかがなのですか」
タマも、幼いころから幸枝の面倒を見ているため、
彼女の容態については把握している。