桜雨
タマが部屋を出ると、彼は一人、応接用のソファの上に深く腰掛けた。
一人耽るのは、タバコのくゆる、香ばしい煙と、
昔の美しい思い出。
今でも忘れられることのない、若いころの日々。
甘くて、美しくて、それでいてほろ苦い。
しかし、ただ甘くてほろ苦いだけなのであれば、それは洋菓子と同じで、
その味は、ただの一瞬の悦びに過ぎない。
そして、その味は、今なお、彼の心の中に残っている。
なぜなら、それは、単に甘くほろ苦いだけではなかったからだ。
それは同時に彼の胸を、後悔という重しで潰そうともする。
「・・・お前のような想いを、娘たちにはさせないよ」
彼は誓うかのように、
机の上に置かれた、小さな写真立てに向かって小さく言葉を投げる。
そこには、セピア色の、優しくほほ笑む、貴婦人の姿が写された写真があった。
彼の口にくわえられたパイプから香る煙は、
行き場も無く、ただその空をさまよう。
彼は、遠い日に想いを馳せながら、その煙を吐き続けていた。