桜雨
「・・・はぁ」
タマは、廊下に出ると小さくため息をついた。
山内家に仕えてかれこれ20年は経っているだろう。
しかし、ここ数日、タマはこの家の使用人として働いた中で、
これまでに感じたことのない疲労感を味わっていた。
山内家の重大事には、使用人ではあるものの、常に傍で携わってきた。
そして、今。
山内の将来を託すべき娘たちを、嫁がせなければならないというプレッシャーが、
彼女に重くのしかかっていた。
長女は、とっくの昔に結婚を済ませ、今や一児の親になっている。
次女の幸枝は、今回結婚することが決まった。
・・・しかし、タマは、少し解せなかった。
「・・・藤條家・・・」
不意に、その名前が口から零れた。
タマは慌てて自分の口に手を当て、誰もいないか、周りを見渡して確認した。
「幸枝お嬢様、・・・」
何かを言いかけた口を噤んで、彼女は頭を左右に振る。
使用人の自分が、意見をさしはさむべきではない。
絶対の存在である山内家の当主が決めたことだ。
それに、これは運命でもある。
運命に逆らうということは、苦しみを背負うだけなのかもしれない。
俯き加減に立ちすくむタマは、ふと顔を上げた。
視界に、窓の外に咲く桜の木が見えた。
ひらり、ひらりと、花びらが舞う。
彼女はそれを一瞥して、廊下を歩きだした。
いつもと同じ歩幅で。