桜雨
始まりの季節
無の世界
そこは、彼女にとって、今まで来たことのない世界だった。
何かがあるようで、何かが無いようで。
ただ、分かるのは、
今、彼女が立っている場所が、自分の知っている世界ではないこと。
土もなければ、草も、花も生えていない。
頭の上には、青い空も、赤い太陽も、白い雲もない。
鳥のさえずりも聞こえなければ、美しい桜も咲き誇ってはいない。
ただ、その空間にあるのは、――矛盾するかもしれないが――
「無」かもしれなかった。
そんな世界を、彼女は一人、当ても無くさまよっていると、
不意に名前を呼ばれた。
彼女は驚いて足を止め、おもむろに後ろを振り向く。
そこには、初めて会うはずの、人がいた。
しかし、彼女には、それがすぐに誰だかがわかった。
「幸枝・・・さん?」
「えぇ。ごきげんよう」
幸枝は優しくほほ笑んで、彼女の元へと近づく。
「初めまして、の方が正しいかもしれませんけど、
あまり、初めまして、という感じはしないですね」
穏やかなその声が、彼女の耳をくすぐる。