桜雨
そして、幸枝は、彼女の手を、両手で包みこむように握る。
ぎゅう、と強く優しく握る手の感触は、何故か少し懐かしかった。
「・・・お願いがあります」
その瞳が、突然色を変える。
暖かい色が浮かんでいたそれは、急に切なげに揺れ、冷たい色をたたえ出す。
「この世界に貴女がいる間・・・、覚えていてほしいのです」
2人だけがいる世界は、寒いのか、熱いのか、
明るいのか、暗いのか、それすらも分からなかった。
ただ、彼女は何となく、
そこには、温かい灯火が周囲を照らす、そんな明るさがあるような気がしていた。
「・・・何、を?」
彼女は恐る恐る、幸枝の顔を覗き込むようにして尋ねた。
「この世界で起こる全てを」
即座に、答えが返ってくる。
「そして、貴女が元いた世界に戻った時、・・・感じたことを、想った事を、
そのまま、実現してほしいのです」
「・・・元いた世界って、・・・私、夢見てるんじゃないの?」
彼女が恐る恐る、疑問を口にすると、幸枝は何も答えず、ただ微笑むだけだった。
そして、
幸枝は何も言わず、彼女の手を握る両手に、更に力を込めて、
こう、ぽつりと零すのだった。
「夢、なのかもしれません。・・・でも、現実でもあるのです」