桜雨
「・・・え?」
言っている意味が分からず、彼女は思わず声を上げた。
「それと・・・」
ふわり、とその瞬間、体が軽くなる感覚を覚えた。
無重力空間にいる時って、きっとこんな感じなのだろう、そう思えるぐらいに。
「これからは、・・・貴女はこの世界の『幸枝』です。覚えておいてくださいね」
幸枝はそう言って笑いながら、
優しい笑みを浮かべるのだった。
黒い長髪。
雪のように真っ白い肌。
着物に包まれた手は細く、
ぱっちりと開いた瞳は、少し寂しげな色に染まっている。
しかし、白い雪の上に赤く引かれたような口には、いつも微笑を浮かべていた。
それが、初めて見る、幸枝の容姿だった。
彼女は、幸枝の話と、幸枝から感じた懐かしさから、薄々と気がついていた。
これから、自分がどうなるのか、を。
そして、この世界が何なのか、を。
ただ、何故自分がこの世界に来ているのか、それは未だに分からなかった。
「・・・分かった」
彼女はそう呟きながら頷くと、幸枝は嬉しそうに、
彼女の手を握る両手を上下に揺らした。
「ありがとうございます。
・・・きっと、貴女なら、そう言ってくれると思っていました」
不意に、頬に暖かい感触を覚えた。
撫でられるように、春の風が吹き抜けていくような、そんな感触だった。
無だけが存在する世界のはずなのに。
そこは懐かしく、そして冷たく、そして何かが始まる、
そんな、「無の世界」だった。