桜雨
「お嬢様!」
背後から、叫び声にも似た大声が聞こえてきた。
「何故起き上がっておられるのです!?早くベッドへお戻りください!」
血相を変えて、ハナが部屋の中へ駆け寄ってくる。
「大丈夫」
「大丈夫ではございません!さぁ、早くベッドへ」
ハナが両手で幸枝の肩を掴み、ベッドへと誘導する。
そんな大した力でもないのに、
幸枝にはそれに抵抗する力も、――気力すらも――無いのだった。
「昨日の今日なのですから、安静になさっていてくださいね」
幸枝は表情一つ変えず、ベッドの中へと戻る。
ついさっきまで寝ていたはずのベッドに残る自分のぬくもりは、
あまり快適なものではなかった。
「お嬢様。おかゆございます」
いつの間にか部屋の中に入ってきていた他の女中が抱えるお盆を、
ハナが両手に持ち、そのまま幸枝に手渡す。
お盆の上には、おかゆの入った茶碗と、
梅干しなどの香の物の載ったお皿があった。
茶碗の隣には、味噌汁がある。
「もしもっとお食べになりたければ、おかずを持ってこさせますので、
おっしゃってください」
その言葉に、幸枝はふっと息を吐いた。
しかし、それがどういう感情に基づくものなのか、ハナには判別できなかった。
なぜなら。
「おかゆすら食べきれるかわからないから、大丈夫よ」
そう、小さくつぶやく幸枝は、常に感情を顔に出さないからだった。