桜雨
「・・・はぁ」
一旦部屋を出た途端、ハナの口からため息が零れた。
昨日、タマに言われた言葉が、ずっと頭の中を旋回している。
部屋に入った瞬間、その言葉が突然現実味を帯びてきたのだ。
「幸枝様・・・」
ハナの目にも、明らかだった。
幸枝は、どこか、全てを諦めているように見えた。
良く言えば、卓越しているというのだろうか。
しかし、
美しい顔には、一切の感情が排され、
2つの黒い瞳には、絶望だけが漂っている。
『生きることを諦めている』
この言葉が、悲しいほどに、彼女に適していた。
普通、20歳になったばかりの少女は、
これから待ち受ける人生の希望を楽しみにして目を輝かせるというのに。
ハナには、そんな幸枝がふびんで仕方が無かった。
「・・・どうにかならないものかしら・・・」
聞けば、昔からほとんどあの部屋を出たことが無いらしい。
外の世界の楽しい事も、ほとんど知らないで過ごしてきた。
病気のせいで、家族との交流は人一倍希薄らしい。
あのようになってしまうのも、自然と言えば自然なのだろう。
ただ。
「嫁がれるというのに」
結婚するというのに、このままで大丈夫なのだろうか、
とハナには心配でたまらなかった。
たとえ、絶大な力を誇る「山内」の名前が欲しくても、
日本の財産を生み出す源泉のうちの大半を占める山内の金が欲しくても。
妻があんなに病弱で、生きることを諦めているとしたら。
「・・・ううん、だめ」
ハナは、それ以上考えることをやめるよう、自分に言い聞かせるように、
頭を左右に振った。