桜雨
一口、二口ほど口をつけたおかゆの茶碗を、
ベッドの近くに置かれた木製の丸いテーブルの上に置き、
彼女は再び窓へと近づく。
そして、窓の外で繰り広げられる美しい四季の表情を眺める。
誰にも邪魔されない、この時間だけが、彼女にとって1日の楽しみだった。
誰も、知ることなど無い。
彼女の心の内など。
誰かに喋ろうとも思わないし、分かってもらおうとも思わない。
「今年の桜は、・・・一層美しいわ」
彼女は右手で、数を数えるかのように指を折っていく。
「あと、・・・せめて3回ぐらい見られないものかしら」
はぁ、と彼女の口から零れたため息が、窓のガラスを曇らせる。
ゆっくりとそこに手を這わせ、曇るガラスを拭き取った。
「・・・?」
そこには、さっきまでは見えていなかったが、
窓から見える桜の木の下に、誰かがいる。
「・・・そういえば、昨日も」
スーツらしきものを身に纏っているから、男性なのだろう。
昨日、この窓から見た人間と同じなのだろうか。
彼女は窓のカギに手をかけた。
しかし。
やはりその手は窓のかぎを開けることなく、元の場所へと戻っていく。
暖かい部屋の空気は、まだ、外へ出ることを知らぬまま、
彼女はただ、その場でその人間を眺めているだけだった。
彼女の部屋は、屋敷の最上階である3階にある。
その人間がどのような顔をしているまでは、分からなかった。