桜雨
藤條朔
同じころ、山内家よりは少し小さくはあるものの、
やはり大きな屋敷に住まう、藤條家の当主は、
これまた非常に大きな食堂で一人、優雅な朝食をとっていた。
「朔(はじめ)様」
テーブルの上に並ぶたくさんの料理に少しずつ手をつけている彼に、
隣で直立している執事が声をかける。
「本日のご予定でございますが、いかがいたしましょうか」
既に立派な洋装に身を包み、髪もきっちり整えた、端正な顔立ちをした青年は、
手を休めてこう言った。
「午前中は山内家の当主と会う。その後は今度、帝国大で行う学会の準備のため、
佐伯教授と会う予定だ」
「かしこまりました。お車の時間はいかがいたしましょうか」
「10時には用意しておいてほしい」
「かしこまりました」
執事は深々と頭を下げると、近くにいた女中に何かを耳打ちする。
彼女は一礼すると、部屋の外へ消えていった。
「・・・ふふっ」
「どういたしましたか?」
すかさず、隣に立つ執事が反応する。
「いや、・・・なぁ、内山」
若いながらも風格を持つその執事は、その呼びかけに背筋をただす。
「はい」
「やっと、俺にも運が向いてきたな」
「・・・」
藤條朔は、右手でグラスを持ち、それを回した。
ゆらゆらと揺れる水面には、藤條の端正な顔が歪んで映る。
「山内家の・・・しかも病弱な次女と結婚できる。
山内の名声と財産が、俺の手にあるも等しい」
程よく朱色に染まった口が、にやりと笑った。
内山は何も言わない。
無表情のまま、その場に直立している。