桜雨
1年前、若草の揺れるころに
「おはよっ!」
元気の良い声とともに響く足音が、歩き続けていた彼女の足を止める。
「おはよう」
いつもの通学路に、いつもと同じ時間に現れたのは、
彼女を見てにこにこ笑っている幼馴染だ。
彼女は長い髪を翻して、再び歩き出した。
追いかけるように、彼も彼女の隣へと歩を進める。
「今日、朝練は?」
「試験前だからね、お休み」
幼馴染の彼はサッカー部に所属していた。
そのサッカーのおかげなのかは分からないが、随分と伸びた長身の彼の隣に、
30センチほど小さい彼女が、同じ歩幅で歩く。
「ちゃんと勉強しなよ」
「もちろん。俺、文武両道だから」
文武両道は、彼の口癖だった。
幼いころからサッカーが好きで、
中学では、サッカーで有名ないくつかの高校からスカウトを受けていたぐらいだ。
それなのに、彼は何故かそれらすべて入学を断って、
彼女と同じ、どちらかと言えば学業を中心とする高校に入った。
もちろん彼はサッカー部へと入部し、1年早々スタメンとなり、
サッカー部を盛り上げることになった。
おかげで、サッカー部は以前より強くなり、
彼が入学して2年経った今、
地区大会敗退レベルだったのが、県大会で優勝できるレベルにまでなっていた。
なぜ、この高校を選んだのか、彼女は彼に1度尋ねたことがあった。
しかし、彼は「文武両道を目指すから」と言うだけで、
はっきりとした答えを言わなかった。
それ以上、彼女も追及はしていなかった。