桜雨
教室に入ると、みな、進路希望書についての話題で持ちきりだった。
「ね、どうするの?」
もちろん、彼女もその話題を友達に振られる。
「あー、・・・私は、大学に行こうかなって思ってる」
はにかみながら、彼女はそう答えた。
特に、なりたいものがあるわけではない。
正直言えば、このまま、幸せに生きていくことが出来れば、それで良い。
彼女は、幼いころから病弱で、小学校、中学校は休みがちだった。
一時は、命すらも危ういといわれることもあった。
だけど、今、こうやって皆と仲良く楽しく、暮らしていくことが出来ている。
それが、ただ嬉しかった。
だからこそ、今の状況を変えたいとは思わなかった。
しかし、周囲の皆は違う。
「やっぱりさ、大学は東京の大学に行くよね」
「KO大学とW大学、どっちが良いんだろ」
「T大学の学生ってさ、渋谷で遊ぶことが多いらしいよ」
確かに、都会は憧れる。
こんな田舎の町とは違って、
遊ぶ場所もたくさんあれば、買い物できる場所もたくさんある。
都会に出たくないと言えば嘘になる。
でも、都会に4年もいると考えると、少し、息がつまりそうになった。
「・・・そういえばさ」
彼女の座る席の隣の男子が、彼女たちの会話に入ってきた。
彼は、彼女の幼馴染と仲が良く、同じサッカー部に所属している。
爽やかで、感じの良い青年だ。
どちらかと言うと、こちらの方が少し気が強そうな印象を受ける。
「アイツの進路、どこにしたか知ってる?」
彼女に目を合わせて、そう尋ねてきた。
アイツ、つまり、彼女の幼馴染のことだ。
相当仲が良いのか、二人は「アイツ」と呼び合う仲のようだった。
「さぁ、・・・そういえば聞いてないや」
彼女が首をかしげると、彼が少し目を丸くした。
「君が知らないってことは、誰にも喋ってないのかな」
彼は少し不思議そうに目をそらしてしていたが、また、すぐに彼女に目を合わせた。