押しかけ×執事
「旦那様――……」

 頬に伝った涙を自分でそっと拭うと、不意に後ろからそんな声が聞こえる。

「あぁ、優人――」

 お兄さんに掛かった言葉に、お兄さんが後ろを向いて応えていた。

「そろそろお屋敷にお戻りになられませんと――長らくお戻りになっておりませんし、あまりお体を休めておられない旦那様やお嬢様の体調も心配です」

 このときのあたしは、声の主が誰かなんて知らなかったし、知ろうとも思わなかったから、お母さんの遺骨を見つめ、黙って座っていただけ。

「うん、ありがとう。この部屋のことは明日にでも手続きなんかを頼むよ」

「かしこまりました」

 2人の会話を聞きながら、あたしはぼんやりと思う。

 なんだか、当たり前のように過ぎようとしていく――……

 今になって思えば、当たり前、って思えるんだけど。

 そのときのあたしには、その「何事もなく過ぎる」というのが理解しがたくて、苦痛に感じた。

 きっと、お母さんを失った悲しみが大きすぎたせい。

 だから――あたしはあんな行動に出てしまったんだと思う。

 今になって思えば、お兄さんにもすごく迷惑をかけちゃって、申し訳ないなって思えるけど。

 でも……発作的とはいえ、あたしの心は「それ」を望んだ。

 もちろん、それが正しいことだったなんて、今でも自分を正当化なんか出来ないけれど。
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