押しかけ×執事
「さつきちゃん――」

 襖越しに聞こえる、お兄さんの戸惑う声。

「……」

 その声に応えることなく、あたしは黙ってお母さんを胸に抱いたまま、しばらくその場で座り込んでいた。

「ごめんなさい――……」

 搾り出すようにそう呟くと、

「旦那様――」

「優人、すまない。きみは……」

 襖の向こうでお兄さんと誰かが小声で話している。

 襖を挟んでいるし小声だったから内容は聞き取れなかった。

 でも、そのときのあたしはそんな会話の内容を気にすることはしなくて。

 ただお母さんを胸に抱き、ここに居たいと願う。

 悪あがきだとは分かっていたけれど。

 でも――……

 お母さんとの思い出の詰まったこの部屋をあっさりと出て行けるほど、あたしは物分りの良い子じゃなかったし、気持ちが薄くなかった。

 ほんの少しだけでいい……ほんの少しだけ、前を向く時間が欲しい。

 お母さんを抱きながら心の中でそう思い――いつしか、眠りにおちていた。
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