押しかけ×執事
 喪服姿のままのお兄さん。

 ネクタイを緩め、横を向いて静かに眠っている。

「……」

 あたしは動揺を隠せないまま、しばらくその場に立ち竦む。

 どうしてお兄さんが――?

 てっきり帰ったと思っていた。

 だって……昨日ここに戻ってきた後の会話を聞くとはなしに聞いていて感じたのは、帰りたがっている様子だったし……

 だから余計にお兄さんがここで寝ていることに驚きを隠せないでいる。

 部屋を見渡してみて――お兄さん以外に人がいる様子もない。

 色々と驚いたけど、どりあえず知らない人じゃないってことが分かって安堵したから、あたしはゆっくりと体の緊張を解き、台所に向かうためにそっと移動する。

 古いアパートだから、畳を踏みしめると小さな軋みが響く。

「ん……」

 ほんの少しのつもりでも少し大きく響いた軋む音に気がついたのか、今まで静かに眠っていたお兄さんが、声をこぼす。

 慌てて振り返ると、覚醒のために顔を少し歪ませ、寝ぼけたような少し緩やかな動きで片手を持ち上げて顔を擦り、ゆっくりと目を開く。

 定まりきっていない視線がふわっと動いてあたしを捉えた。
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