押しかけ×執事
ちらりとそれを見たあと、すぐにあたしは視線をお母さんに戻し、俯く。
「……ぼくは優子さんにはなれないけれど、優子さん以上にさつきちゃんを大切にして愛しんであげたい」
手を合わせ終えたお兄さんが、ぽつりと呟く。
「さつきちゃんは覚えていないだろうけれど――仲春の家で一緒に過ごしていたとき、ぼくのことをすごく慕ってくれていたんだよ?」
仲春の家にいたこと――幼すぎるあたしの記憶はほとんど残っていないけれど。
でも、そう言われてみれば……思い当たる記憶があるような気がする。
どこかの広い部屋の隅で、隠れるようにして泣いていたあたし。
どうして泣いていたのか、どういった場所かは忘れてしまったけれど、泣いていたことだけは覚えている。
そしてドアの開く音に、ゆっくりと近づいてくる足音。
すぐに目の前に誰かが現れて、優しく頭を撫でてくれたあと、
――悲しくなくなる、魔法のキャンディをどうぞ……
差し出された手のひらから、まるで魔法のように鮮やかに出てきたそれ。
それを見て泣くのが止まったのを覚えている。
イチゴ味の、甘くて優しい魔法のキャンディ。
1度きりだったその味は、今でも忘れられない。
あのキャンディをくれたのは、お兄さんだったのね――