あの日のキスを、きみに。
*03:気紛れのキス
「俺ん家来る?」
「え?あー…、行く。」
そんな簡単なノリで、初めて入った彼の家。必要最低限の家具だけ置かれたそこからは、あまり生活感は感じられなかった。
「……とりあえず、適当に座って。」
「うん。」
彼に促され、広いとはいえない部屋の中心、彼の斜め前に腰を下ろす。ゆっくりと視線が絡んだ刹那、言葉は詰まって沈黙に包まれた。
何となく気まずい沈黙だけが、ただ流れる。耐え切れなくて視線を落とせば、彼の冷たい指先があたしの頬に触れる。
「何、」
そして言おうとした言葉は、言葉となる前に口内で霧散した。なぜなら、彼の行動にゆっくりと顔を上げた刹那、近づいてきた彼にそっと唇を塞がれてしまったから。
何が起こっているのか考えている間に、そのまま床へと押し倒される。抗うことさえしない間に、あたしは彼に組み伏せられていた。
ゆっくりと顔を離した彼と、あたしの視線が再び絡む。薄暗いせいか、彼の表情はあまり良く見えなかったけれど。
不意に沸いて来た疑問を、あたしはそのまま彼に投げ掛けた。
「あたしのこと、好きなの?」
「………さぁ? わかんね。」
けれど返ってきた答えに、あたしが納得するわけもなく。組み敷かれたまま盛大なため息と苦笑を零せば、彼は小さく呟く。
「――でも、嫌いじゃねぇよ。」
そして再び近づいてきた端正な顔に、深く考えるのは無意味だな、なんて、何となく思った。
気紛れのキス
( 例えこれが、 )
( 彼にとって遊びでも )