あの日のキスを、きみに。
*04:下手くそなキス
ただ、素直になれなかった。
こんなにも、大好きなのに。
「何グズグズしてんのよ。もう本当に、あんたなんか知らないわ。」
あまのじゃくなあたしの口は、いつも思ってもいない酷い言葉を、淡々と紡ぎ出す。
「役に立たないあんたなんて、あたしの傍に必要無いのよ。」
でも、たとえあたしが、どんな酷い言葉を吐いたとしても。いつだって彼は、あたしの傍に居てくれた。
「あなたの傍に居ることが、俺の役目ですから。」
そう言い、優しい笑みをあたしに向けて。
毎日吐かれるあたしの暴言に、傷つかないはずが無いのに。
こんなあたしの傍に、毎日毎日居たいわけがないのに。
ただの文句ひとつも言わない彼の態度がムカついて、イラついて。何故かあたしが苦しかった。
「…――ねえ。」
「はい?何でしょう。」
「何か、言ったらどうなの?」
「何か、とは?」
だから我慢しきれず問いかけてみたのに、彼はそうあたしに返しながら小首を傾げる。
本気であたしの真意を悟ってはいない様子に、ぷちん、と何かが弾けたような気がした。
刹那、素直になれず、今まで押し殺していた想いが、とどまることなく溢れ出す。
「何か、とは?じゃないわよ!あんた、毎日あたしに酷いこと言われて悔しくないの?こんなあたしの傍に居て、何か楽しい!?」
「ちょ、落ち着いて下さい…!」
興奮しすぎてか、訳もわからず涙が流れ落ちる。彼に宥められるようにソファーに腰を下ろせば、彼はいつもと何一つ変わらない笑みを、あたしに向けた。
――そして、
「俺には何も、言うことなどありません。
大切なあなたの傍に居られるだけで、幸せですから。」
そう言い切られたと同時に、ゆっくりと触れた唇。一瞬で真っ白になった頭に、すぐに思考は追いつかなかったけれど。
「………下手くそ。」
赤いだろう顔を背け、ただそう言い捨てるのが、今のあたしの精一杯の強がりだった。
下手くそなキス
( 照れたようにはにかむ彼が )
( 何より愛おしかったの )