あの日のキスを、きみに。
*08:不器用なキス
大好きだった、とても。
というかむしろ、愛していた。
でもそんな簡単に、言葉にできる想いじゃない。かと言って、身体を重ねる行為で示すような、そんな想いでもない。
言葉なんてただの架け橋であり、身体以上に精神で結ばれているような、そのくらい深い繋がり。
「キス、して。」
「ん。」
だからわたし達はただ、何度も口づけを交わした。
何度も、何度も。
それこそ、飽きるくらいに。
そしてぎゅっと強く抱きすくめられ、押し当てた彼の胸から伝わる彼の心音を聞くのが好きだった。
彼はここで、生きている。
わたしの隣に、居る。
わたしと共に、生きている。
そう実感できるのが、
わたしは何よりも幸せだったの。
そしてまた、重ねる唇。
お互い、決して上手いとは言えないけれど、重ねられた唇から伝わる彼の不器用な優しさが、どうしようもなく切なかった。
切なくて、苦しくて、胸が痛かったけれど。
涙も一筋、頬を伝ったけれど。
一種の儀式と化したキスを、わたし達はやめない。
だってこれが、わたし達の今生の別れになるのだと、わかっていたから。
不器用なキス
( 死期を悟った彼が )
( わたしに遺す優しさ )