あの日のキスを、きみに。
*09:さよならのキス
「別れよう、か。」
突然、まるで何でもないことのようにそう言い放った彼。
余りにも自然に放たれた言葉からは、全く彼の意図が掴めず、私は小さく首を傾げた。
「……どうしたの、いきなり。」
「いや、さ。何かもう、そろそろ潮時かな、って。」
「…っ、そんなこと、」
そう、決してそんなことはなかったはず。
それとも、私自身が鈍かっただけ?
まさか彼に、私達の関係の終わりを告げさせるなんて。
「私には、わからない。」
「そっか。」
決して許されない恋だと、決して叶うことはないと、それは重々理解していた。
彼には将来を誓った女性がいるし、私だって来月に、彼ではない他の男性との式を控えているのだ。
例えそれが、私達にとって望まぬものであったとしても、現実は変わらず、刻一刻と残酷に突き付けられる。
「……でもきっともう、これ以上は無理だ。」
「何で?」
「いつまでも俺達が、お互いの過去に囚われていたらいけないだろ。」
「……何よ、今さら。」
本当に、今さらじゃない。
隠れるように、長々とこんな関係を続けて来たくせに、どうして。
私はもう、あなたがいない世界に生きていたくなんてないのに。
視線をそらした私を見て、彼は全てを見透かしたように、小さく苦笑を零した。
「……大丈夫、だよ。」
「え?」
「大丈夫。お前はもう、俺が居なくても生きていける。俺とじゃない方が、幸せになれる。」
「何を、」
何を、言っているんだろう彼は。
望まない結婚で、私が幸せになれるはずが無いのに。
あなたが居ない世界で、幸せになる資格だって無いのに。
けれど反論の言葉は、優しく重ねられた唇に遮られた。まるで別れを告げるようなその口づけに、言葉になるはずだった言葉は、そのまま吐息とともに吐き出した。
さよならのキス
( 唇が離れたらもう、 )
( あなたは私の隣に居ないのね )