愚者への鎮魂歌
1st
 何時もの事だ。私が不幸なのは今に始まったわけじゃない。自宅の玄関ランプが、茫然と立ち尽くす私をこうこうと照らす。実に鬱陶しい。
 部屋には何もなかった。いや、家具とか衣類とかはあるのだが。あるべき者が無くなっていたと言うべきか。
 まず違和感を感じたのは靴箱の中。あるはずの靴が無い。さっきまで彼は部屋に居た。彼が家に来たとき履いてきた靴なら問題はないが、泊まるときに置いてあるサンダルも見当たらない。近くのコンビニに行くなら、履物は二足もいらない
 同様に家においてあった彼のコートもない。実はコートに染み付いた彼の匂いとか好きだったのだが、とかいったら変態か。
 この様子だと律儀な彼のことだから自分の物は全て回収したのだろう。その律儀さが今は頭にくる。
 最初に頭に思いつくのは事故に巻き込まれた?とかが普通だろう。それよか、家中を一通り散策するのが先か。今この段階で逃げられたと判断したのだから、以前から予兆を感じていた訳だ。
 なに、何時ものことだ。いつも、不幸が表面化するのは突然じゃないか。

 もともと釣り合いが取れてなかったんだろう。相手は大学生。五歳の年令差は結構デカイ。彼はいわゆる大人びた人だったし。むしろ彼を頼っていたのは私の方だ。
 つまり愛想を尽かされたということ。恋愛ゲームならこちらの敗け。顔もナカナカだったし。もててもおかしくない。私の代わりぐらい簡単に見つけることだろう。
 にしても失礼な話だ。別れ話ぐらいしていけば良いものを。まあ、私が怒鳴り散らすのが関の山だから、話さなくて正解か。


 さて、酒を呑もうか。今日は金曜日。深酒だ。
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