EGOISTE
意外な言葉だった。
俺は目を開いて思わず隣の席の鬼頭を見た。
鬼頭も同じような表情をして、俺を見ていた。
互いに顔を見合わせ、それでも納得のいかないような複雑な表情を浮かべている。
「…あれから明良とちゃんと話し合ったの」
ほんのちょっと……違和感を覚える。
楠は俺たちの前で(少なくとも俺の前で)は“お兄”と呼んでいたのが、今は“明良”になっていたから。
楠はまだ晴れない表情で俯きながらじっと下を見ている。
「…それで?明良兄はなんて?」
「メールはしたけど、実際関係はなかったって……」
えらく歯切れの悪い言葉だった。
「信じたの?」
俺の気持ちを代弁するように、鬼頭が静かに言った。
「……正直半々ってとこかな?でも、疑ってるだけでどうしようもないし。
……好きだから……」
楠はそう言い添えて顔を上げた。
大きな目の縁に涙の雫が溜まっている。
零れ落ちないようぐっとこらえているのが分かった。
好キダカラ
楠のその言葉には威力がある。
魂が宿り、そこから感情があふれ出している。
きっとこいつの唯一信じれる部分―――それが「明良を好き」っていう事実だ。
「強い……意思だな」
俺はタバコから煙を吐き出すと、楠を見据えた。
だけど実際には楠を見ていなかった。
どこか遠く……
うんと遠くにいる“千夏”にこの視線が届くことを祈って、俺はただひたすらに視線を強めた。