EGOISTE
どんだけ胃が痛かろうが、どれだけ鬼頭を心配しようが。
朝はやってくる。
俺は変わらず往診へ出かけている親父の代わりで、林内科クリニックへ出勤。
胃の痛みを隠して、患者とニコニコ向かい合う。
ちょっと患者の来院が途切れたところで、俺は重そうな鉢植えを手に、近くを通り過ぎた高田さんを呼び止めた。
彼女とは、以前喫茶店で食事をした仲だ。
あれからも高田さんとは変わりなく医師とナースの関係を保っている。
もちろんどちらも深い仲になりたいと、つゆほどにも思っていない。
そんな彼女に俺はちょっとだけ気を許している。
じゃなきゃ、こんなこと頼まない。
「これ、調剤薬局で処方してもらってきてくれる?」
俺はメモ用紙を、高田さんに手渡した。
高田さんは持っていた鉢植えを床に置くと、小さく折りたたんだメモ用紙をその場で広げてちょっと目を細めた。
「シメチバール、ミルバム……胃を悪くされてるんですか?コーヒーにミルクを入れるべきですよ」
さすが現役ナース。
二つとも胃炎や胃潰瘍の治療に使用される薬だ。
「自分が行くと、あれこれ煩いもんだから。俺が診て、高田さんに薬を処方したって言ってもらえると助かるんだけど」
「ええ。構いませんよ」
高田さんは深く突っ込まずに、にっこり微笑んでメモ用紙をナース服のポケットにしまい入れた。
よいしょ、と小さな掛け声をかけて鉢植えを持ち上げる。
鉢の底からプラスチック製の輪がついた支柱がにゅっと伸びていて、ツタがからまっている。
小学校のときに観察日記でつけた朝顔だ。
「それをどうするの?」
俺は何となく聞いた。
「これ、黄色い薔薇の変わりにしようかと思いまして……」
と高田さんはちょっとだけ苦笑いを漏らした。
「実はあの薔薇……やっぱり寿命だったのかもしれませんが、一昨日枯れてしまいして」
申し訳なさそうに眉を寄せる高田さん。
彼女のせいじゃないのに、責任を感じているようだ。
でも俺は正直黄色い薔薇の存在がなくなってほっとしていた。