EGOISTE

時が流れると、何でもないように歌南のことを口に出来ている自分がいることに今気付いた。


別れた当初はかなり荒れていたし、胃潰瘍にもなった。


でも5年という年月が過ぎると、まるで津波のあとの漣のように穏やかで安定している。





千夏も―――



彼女もそうなのだろうか。


今はまだ苦しいかもしれないけれど、そのうち俺のことなんて忘れて新しい恋をするだろうか。





女は―――



思い出を別の引き出しに取っておいて、それに鍵をかけることが出来る。


過去の引き出しの上に新しい引き出しをすぐに作って、そこに新しい思い出をせっせと詰め込む。


時折鍵を解いて中を覗きこむけれど、それはそれ。






でも男は?


男は引き出しに鍵をかけたつもりでいても、実際のところはかけられずに居て、ひょんな拍子にその引き出しが引き出される。


新しい引き出しを作ってもそれは全くの別物で、つい過去の引き出しと比べてしまう。


そこにある思い出は決して未来に繋がるものでなくても、必死に引き出しの中を覗く。






男ってのは大概が不器用なのだ。








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