EGOISTE
貴婦人はちょっとびっくりしたように目を広げたものの、すぐに表情を緩めると俺と鬼頭を交互に見て、ちょっと微笑んだ。
何だかなぁ。赤の他人とは言えこんなガキみたいなところ見られて恥ずかしい…
そう思い、目を伏せると、俺のすぐ隣で鬼頭が身を固まらせていた。
漆黒の瞳を開いて、視線は貴婦人を一直線に見据えている。
「どうしたんだよ?」
俺は若干苛々しながら聞いた。
知り合いか?
「せん……」
鬼頭が俺のパジャマの袖を軽く引っ張った。
と、同時にエレベーターが一階に到達して、重い鉄の扉がゆっくりと開く。
エレベーターの扉はすぐに閉まらないと分かりきっていても、俺はいつも“開”ボタンを押す。
それが常識だと思っていたから。それが思いやりだと考えていたから。
このときもそうだった。
俺が“開”ボタンを押すことに、特に意味なんてない。
和服姿の貴婦人がちょっと頭を下げ、俺を見上げた。
きれいな弓形の眉をちょっと寄せて、悲しみの滲んだ黒い瞳を俺に向けてくる。
「ごめんなさいね」
彼女は一言言い置くと、エレベーターを降り立った。