EGOISTE
「待って!待ってください!」
それほど大きな声を出したつもりはないが、婦人は振り返った。
困惑と驚きで複雑に表情を歪めている。
びっくりしているのはこっちの方だ。
「……あの?」
「どなたか…お見舞いですか?」
俺はおずおずと聞いた。
何から切り出せばいいのか、分からなかったから。
婦人はちょっと考えるように遠い目をして、やがて少しだけ目を伏せた。
「………息子に…」
薄い唇に僅かだが微笑みが浮かんでいる。
「帰っちゃうんですか?その花束、渡さなくていいんですか?」
俺の言葉に、婦人が顔を上げた。切なそうに眉を寄せ、黒い瞳は灰色に曇って見えた。
「………息子は……きっと会ってはくれないと思うから」
小さく言った言葉は周りの喧騒に掻き消されそうだった。
でも、俺の耳にはしっかりと届いた。
どうして?と聞くまでもない。
相手も俺のそんな言葉を望んではいないように思えたから。
鬼頭と同じぐらいの小柄な身長。ほっそりとしていて、見るからに儚げだ。
こんな…
こんな風だっけ?
20年ぶりに見る女と対峙して、そんなことしか頭に浮かばなかった。