EGOISTE
「胃潰瘍、早く治るといいわね……」
何で俺が胃潰瘍だと知っているのだろうか?
きっと親父にでも聞いたんだろうな。だからこの病院に現れたってわけで……
婦人は小さく笑うと、「それじゃ」と言って丁寧に一礼し、俺に背を向けた。
小さな背がどんどん遠ざかる。
いつか俺の視界から消えてなくなってしまうのだろう。
20年前と同じ……
俺は花束をぎゅっと握りしめた。
「母さん!」
大声で小さな背に問いかけると、
母親は驚いたように目をみはって振り返った。
遠くからで、その表情はよく分からないけれど、彼女は目尻の涙を拭っているように見えた。
「俺。あなたに会えて良かった。ありがとう」
心配してくれてありがとう。
会いにきてくれてありがとう。
生んでくれて―――ありがとう。
たくさんのありがとう、を込めて。
いつか会ったら一言言ってやろうと思っていた言葉と、まるで反対の言葉だった。
でもこれが俺の本心。
捨てられたことを赦してはいないし、たぶんこの先もずっと赦すことができないと思うけど、この瞬間だけは、俺にとって本当に嬉しかったから……
母は少しだけ微笑むと、
「ありがとう
―――誠人」
と頬を緩ませて、笑った。