EGOISTE
百合の花束を抱えて、病室に戻るとパイプ椅子に鬼頭がちょこんと座っていた。
「おま…帰ったんじゃねぇの?」
「そのつもりだったけど、気が変わった。先生が寂しいかなって思って」
「寂しいなんて思うかよ」
まさかの本心を見抜かれた恥ずかしさから、俺は軽く鬼頭にデコピンした。
額を押さえながら鬼頭は不服顔だったが、百合の花束を見ると嬉しそうにちょっと笑った。
「白いカサブランカの花言葉は、“純潔”や“威厳”だよ。聖なる花とも言われて聖書には度々登場してくるの」
「さすが、博学だな」
気のない返事を返して、俺はベッドに花束を置いた。
「でもこれは知ってるか?
俺の母親の名前―――“百合子”ってんだ」
頬杖を付いていた鬼頭は掌から顎を外すと、せわしなく瞬きして俺を見上げてきた。
「どうして気付いた?」そんな鬼頭に俺は問いかける。
鬼頭は出し抜けに、にっこり微笑みを浮かべると、
「だってそっくりだったもん。笑ったときの目が」
そう言って鬼頭は自分の目尻をちょっと指差して、笑った。
なるほどね、そういうことか……
鬼頭の笑顔は、高潔な百合の花が似合う聖母マリアの、慈愛に満ちたそれに重なった。
俺は
母親のことを恨んではいない。
俺と親父を捨てて行ったことは事実だし、それはやっぱり腹立たしいことだけど、
会って気付いた。
母親は俺のことを忘れないでくれた。
それだけで俺は充分だ。