EGOISTE


二人きりの病室…


思えば楠と二人きりになることなんて、水族館のあの日以来だな……


楠、勝負はどうなった??勝ったかぁ~?


なんて心の中で問いかけてみる。


届きやしないのに。


でも、楠は柔らかい手で、俺の手を握ってきた。


やっぱ違う。鬼頭のそれとは―――


感触も、体温も…


ただ単に握っているだけかと思いきや、俺の掌には固い何かの感触が握らされていた。


「王将、返すね……」


楠は笑った。いや、笑ったように―――聞こえた。





「ありがと…。あたしがんばったよ…明良の彼女はあたしですって正々堂々言い切った。


勝ったとか、負けたとか…よく分からないけど、あたしの気持ち全部伝えれた」


先生のお陰…先生が勇気をくれたの……


いっぱい、いっぱい応援してくれてありがとね。




そう言い置いて、楠が顔を近づける気配があった。







そうか…良かったな。がんばったな、お前。


俺も心の中で返す。




でも……



お前近すぎじゃね?


近い近い……





ほんの僅か……鬼頭とは違った、甘くて芳醇な香りが鼻腔をくすぐった。




その香りをじっくり感じる間もなかった。






楠の唇が俺の唇にそっと重なったのは。






< 270 / 355 >

この作品をシェア

pagetop