EGOISTE
「先生、とりあえず病室戻ろう?」
鬼頭がそう言って、俺の腕を取る。しっかりと、俺を支えるように…
「大丈夫だって。俺ぁお前に支えられるほどもうろくしてねぇよ」
強気に言ったけど、鬼頭は何も返さなかった。
ただじっと俺を覗き込み、俺から手を離そうとしなかった。
鬼頭の握った腕の先で、指先が僅かに震えていた。
「わり…」
俺は小さく詫びて、鬼頭に連れられるまま病室に戻った。
「虫の報せってやつかな……夢…?いや、現実かも、あいつがここに来たんだ」
俺はベッドに腰掛け、足元に引かれたアイボリー色のカーテンを視点が定まらない危うい視線でゆらゆらと見つめていた。
「うん」俺の独り言のような言葉に、鬼頭は短く返事を返してきた。
「いや、現実だな。じゃなきゃ、あの黄色い薔薇とマルボロはどう説明がつく?」
「…うん」
「あいつ……泣いてた。いや、はっきりこの目で見たわけじゃないけど、でも泣いてた」
「うん」
「俺まで居なくなると思ったって言ったんだ」
「……うん」
いつかの会話を思い出す。
そう、あれは俺と千夏が別れたときのことだ。こいつは俺の話に「うん」と短く返してきて、俺はそれがひどく心地よかったんだ。
今は―――心地いいって言うよりも、
安心する。
支えられてる気がする。
何か分からない得体の知れない不安と恐怖を、ただ一人病室で待っているわけじゃない。
時間と過去を共有している鬼頭が居るから……
俺は何とかここにこうしていられるんだ。