EGOISTE
俺の一言に千夏が息を飲み込んだ。
「せ、先生!」鬼頭が慌てたように俺の腕を引く。
正解なんて、不正解なんてあるもんか。
俺の気持ち全部が正解で、嘘をつく…もしくは否定することが不正解だ。
「だけど水月も好きだ」
俺の言葉に鬼頭の腕が力を亡くしたように、時が止まったように、静止した。
俺は鬼頭に微笑みかけた。そしてこいつの頭の上に手を置くと、少しだけ撫でた。
「鬼頭も好き。楠も。
でもお前は違う。
俺はお前だけは―――愛してるんだ」
千夏が目を開いたのが分かる。
以前、大学の講義で…何の講義だったかな…とにかくそのときの教授が面白い題材を持ち込んできたことがある。
『好きと愛の違い』
という内容だった。
環境と人間関係から、気持ちの比重を割り出し…云々。
ようは気持ちが軽いか、重いかの違いだっつぅことだ。
当時一緒に講義を受けていた学生たちの間で様々な議論があがった。
“愛”とは許す心、願う心、活かす心。
どんなに裏切られるようと、それを赦すこと、相手の幸せを願わずにはいられないこと、自分を犠牲にしてまで相手を活かすこと。
それができる相手ってのが、愛してるってこと、
誰かが言った。
親子間でそれは一番成立しやすい関係だ。
人の気持ちなんて数学みたいに割り切れないから、確かなことは何もないが、俺は妙に納得がいった。
結局明確な答えは出ず、その講義は終了したのだが、教授は「考え方次第」とにこにこしていた。
歌南のことを、好きでもなく嫌いでもなく、どうでもいいと思ったこともある。
でもそれは一時のまやかしにしか過ぎず、俺はやっぱり歌南を赦せなかったし、歌南の幸せを願えるほど寛大でもない。ましてやあいつの為に命を投げ出すことなんて、まっぴらだ。
嫌いと割り切るのは簡単だが、俺たちがたとえ短い間でも一緒に生きた記憶を否定したくもない。
残った感情はたった一つだった。