EGOISTE
千夏は胸の前でぎゅっと手を握った。
ちょっと俯くと、静かに口を開いた。
「やっと…やっと誠人の気持ちに触れられた」
悲しみか、あるいは嬉しさか……どちらともとれない複雑な笑みを口元に浮かべて千夏は震える声で言った。
そして千夏は俺達に背を向けると、顔だけを振り返り今度ははっきりと分かる笑顔で言った。
「来て」
笑顔だけど、どことなく緊張が漂っている。
俺はどういうつもりで千夏が言ったのか、分かりかねた。
「早く!見つかっちゃうわ。こっちにあんまり使われない非常口があるの」
千夏の急かすような声で、俺は弾かれるように足を一歩進めた。
千夏が駆け出す。
「行こう。先生」鬼頭もそれにならい、俺の手を引いた。
連れてこられてのは、従業員駐車場。
一台のライトバンの車のキーを開錠して、千夏はドアを開けた。
「その車は?」
「友達のよ。少し借りてるの。早く乗って」
「千夏……」
それでも躊躇する俺に千夏は中に促した。
「行くんでしょ!早く乗って!!」
乾いた夏の空に、その澄み切った声は響くことなく夜の空に吸い込まれていった。