EGOISTE


「きっと死神が彼を連れていっちゃったのね」


歌南は自嘲じみて笑うと、髪をかきあげた。


エゴイストが香ってくるかと思いきや、香ってきたのは空虚な潮の香りだけだった。



「お前は一人じゃないよ。お前ん中に、子供が居るんだろ?」


俺の言葉に歌南はゆっくりと顔を戻した。


今にも泣き出しそうに瞳をゆらゆらと揺らしている。





「…なんで、そんな簡単に言うのよ……」





「何でって、当たり前のことだろ?」


俺はポケットから手を出すと、一歩前に進み出た。


歌南は、びくっと肩を揺らして一歩後ずさる。


「なぁ。産婦人科行ってどうするつもりなんだよ。まさかお前堕ろすってことないだろうな」


半分以上の可能性で俺の言った予想が当たっているにも関わらず、それでも俺は最後の最後まで歌南を信じていたかった。


その気持ちを表すかのように、一歩、また一歩と進み出る。


歌南はスカートをぎゅっと握ると、





「あんたに―――……!あんたにあたしの何が分かるって言うのよ!!」





と大声をあげた。


俺は目を開いて、立ち止まった。


「あたし一人で子供を育てろって言うの!?そんなの無理よ!!」


歌南の声に気付いたのか、水月たち三人が小走りにやってくる。





「まこは知らないのよ。あたしはそんなに強い女じゃない―――」




この女は―――




誰だ?




歌南の皮を被った―――違う女だ。


いいや、違う。これもまた歌南なのだ。俺が見抜けていなかっただけ。


俺が勘違いしてただけ。



俺は振り返った。


鬼頭と目が合い、彼女は悲しそうに眉を寄せていた。





鬼頭の顔を見て、何故だか俺の中に言い知れない怒りがこみ上げてきた。





「あんたには分からないのよ!大切な人を永遠に失うってことが!!」





歌南の声は風の音と呼応して、まるで奇妙な獣が吠えているように聞こえた。


それが死神の声だと言われたら、そうなのかもしれないな。







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