EGOISTE
波は穏やかに凪いでいた。
言葉とは反対に、落ち着いた表情の鬼頭のように。
何が言いたいのか分からなくて、俺はぶっきらぼうにジーンズに両手をつっこんだ。
「聞いてたんでしょ?あたしの言葉」
鬼頭がこちらを向くときに、ふわりといい香りが香ってきた。
タンドゥル・プワゾンだっけ?こいつが使ってる香水って……
『優しい毒』という意味を水月に教えたのも、俺だった。
「聞いてたってなにを」
「先生、タヌキ寝入り上手いよね」
鬼頭が含み笑いをする。
「あ?タヌキ寝入り?なんのこと言ってるんだか…」
言いかけて、はっと口を噤んだ。
「だってあれ、夢じゃなかったのかよ」
「は?夢??何言ってんの?」
「いや…俺、てっきり夢だと思ってた。お前がそんなしおらしいこと言うはずないな、って思って」
鬼頭は心外そうに眉を寄せ、俺を軽く睨んだ。
「あたしは先生に冗談は言っても嘘は付かないよ」
ってかお前、冗談も言わねぇじゃん。
って言おうと思ったけどやめた。
「歌南さんがアメリカに帰って、先生も千夏さんと仲直り。
このまま夏休みが明けたら、もう気軽に先生んちに行けなくなると思うと、ちょっと
寂しい」