夕闇の旋律
「よぉ」

少しくぐもった声がして詩音は身体を起こした。

「あ、悠矢くん」

悠矢はベージュのマフラーで口元を隠して、片手を挙げて挨拶した。

悠矢が院内にも関わらずマフラーをするようになったのは、詩音と出会ってからだ。

自分の声がむやみに人を惑わせないようにとの配慮なのだろう。

マスクにしないのはプライドか何かなのだろうか。

「何してんの?」

悠矢の視線はノートパソコンに向いていた。

「これ?」

詩音はノートパソコンを指して言った。

「歌を創ってるの。魔法の授業の一環なんだけど」

「授業?」

「うん。私魔法学校に通ってるから、これは入院中の課題」

「へえ。魔法学校なんてあるんだ」

「知らなかったの?」

詩音が首をかしげてたずねると悠矢は困ったように苦笑した。

「俺、小4のときから入院してるから。世間知らずのきらいがあってね」

「そのわりには賢そうだけど」

「本読むとかゲームするくらいしかやることなかったから」

「ふうん。そんなものなんだ」

「そんなものなんだよ」

悠矢は手ごろな椅子に腰掛けて、詩音はまたノートパソコンを開いた。

二人の間に沈黙が流れる。

詩音はこの会話のない、にぎやかな無音が好きだった。

悠矢もそうだといいな、と思いながらキーボードを叩く。
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