夕闇の旋律
「うん、行ったな」

扉に耳をつけて野崎は言った。

その様子を見ながら悠矢は呆れたようにため息をつく。

「なにやってるんですか、まったく」

「いやいや、これもお前のためだよ」

ほれ、と言って野崎は鞄からファイルを取り出し、悠矢に渡した。

「なんですか、これ」

悠矢はぺらぺらとファイルをめくって野崎に聞いた。

「アウィング症候群の患者の手記だよ。なかには歌詞や楽譜もある」

「歌詞、が……?」

「皆が皆、そんな声をもっていたんだ。そういうのを活かして職にありつくやつだっていただろう」

「でもこれ、読めません」

「訳はお前がやれ。暇潰しになるだろう。それに、なにかの役にたつかもしれないしな」

野崎が言った以外にも真実はあるが、悠矢はそれには気づかず、わかりました、と言った。

「ちゃんと訳すまで、それのことを誰にも言うなよ」

そう言って野崎は悠矢の病室を出た。

それを確認してから悠矢はファイルを置き、足の拘束を解きにかかった。

30分もかかった。
< 46 / 76 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop